東京地方裁判所 平成4年(ワ)7383号 判決 1997年11月28日
原告
アメリカ合衆国
右代表者副法務長官
フランク・ダブリュー・ハンガー
右訴訟代理人弁護士
小林秀之
同
前田陽司
同
古田敬昌
右小林秀之訴訟復代理人弁護士
志知俊秀
同
曾我貴志
同
永井和明
同
近藤純一
同
日下部真治
被告
ピー・エイ・イー・インターナショナル
右日本における代表者
ジョン・エス・ディーフェンバック
右訴訟代理人弁護士
春木英成
同
澤井憲子
右訴訟復代理人弁護士
廣瀬真利子
同
井上謙介
主文
一 被告は、原告に対し、金八一一三万二二七六円及びこれに対する平成二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金四億九一二八万二四〇八円及びこれに対する平成二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、原告日本大使館において、施設管理業務に従事していた被告の派遣従業員が大使館の使用するボイラー用燃料を長期間にわたって窃取していたことにより損害を被ったとして、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までに生じた損害について、使用者責任に基づいて、右派遣従業員の使用者である被告に対し、その賠償を求めた事案である。
一 前提事実
以下の事実のうち、末尾に証拠の記載のあるものは当該証拠によって認められる事実であり、それ以外は当事者間に争いのない事実である。
1 被告は、建物、設備の維持、管理等を目的とするアメリカ合衆国カリフォルニア州法人であり、東京都港区にその営業所を有している。
2 東京都港区にある原告大使館においては、主として大使館本館等の庁舎内の暖房用のボイラー用燃料(以下「オイル」という。)を地下貯蔵庫に備蓄し、定期的にこれを補充する方法を採用し、オイルの配達及び品質の点検、貯蔵タンクの清掃、消費量の記録の保管、オイルの必要量の見積等の業務(以下「本件業務」という。)を含む施設管理業務を民間業者に委託していた(戊第一六号証)。
被告は、昭和四四年又は四五年ころから昭和五〇年九月三〇日までの間と昭和六一年一〇月一日から平成二年四月ころまでの間、原告大使館から右業務の委託を受け、被告のほかには、分離前相被告日本ビルサービス株式会社(以下「NBS」という。)が、昭和五〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日まで、原告から右業務の委託を受けていた。
3 分離前相被告甲野太郎(以下「甲野」という。)は、昭和三五年ころにNBSに入社し、NBSあるいは被告の派遣従業員(以下「派遣従業員」という。)として、原告大使館の右業務に従事し、昭和五八年五月に原告大使館の職員に採用されてから後も、平成二年四月に解雇されるまで原告大使館の職員として、一貫して右業務に携わっていた(戊第二七号証)。
なお、派遣従業員は、右業務の委託業者が変更されても、旧業者との雇用関係が新業者に引き継がれて、原告大使館に勤務し続けていた。
4 分離前相被告乙山一郎(以下「乙山」という。)は、昭和四五年又は四六年ころから昭和五〇年九月三〇日までと昭和六一年一〇月一日から平成二年四月までは被告の派遣従業員として、昭和五〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日まではNBSの派遣従業員として右業務に従事していた。
5 丙川二郎(以下「丙川」という。)は、昭和六一年一〇月から平成二年三月まで、被告の派遣従業員として本件業務に従事していた。
6 甲野は、昭和四九年ころから、石油の販売業者である分離前相被告丁沢三郎(以下「丁沢」という。)と共謀の上、原告大使館別館のボイラーが新型のものに取り替えられたことによりオイル消費量が半減したことをきっかけとして、原告大使館の貯蔵タンクからオイルを抜き取り、丁沢が運転してきたタンクローリーに注入してこれを運搬し、石油の販売業者である松原商事有限会社(代表者は分離前相被告松原四郎。以下「松原商事」という。)に軽油として転売するなどして利益を得るようになった(以下「本件犯行」という。)(甲第一、第二、第三ないし第六号証、第一六ないし第二一号証)。
本件犯行は、昭和四九年八月ころから昭和五一年九月ころまでは原告大使館別館で、昭和五一年九月ころから本件犯行が発覚するまでは原告大使館本館で継続して行われた。
7 乙山は、昭和五二年九月ころから甲野に誘われて本件犯行に加わるようになり、丙川は、乙山から誘われて、平成二年一月二五日から同年三月二〇日までの間、本件犯行に関与していた。そのほかに、NBSあるいは被告の従業員であった竹野五郎も本件犯行に関与していた(甲第一、第二、第六、第一二、第三五号証)。
8 丙川が、平成二年三月二〇日付けで被告に解雇され、平成二年三月二三日、警視庁赤坂警察署に本件犯行を通告したため、本件犯行が発覚した。
9 甲野、乙山及び丁沢は、平成元年七月二七日から平成二年四月一二日までの間の合計五一回のオイル抜取り行為について窃盗罪で起訴され、平成三年三月二五日、甲野については懲役三年の、乙山については懲役二年の、丁沢については懲役二年四月の各実刑判決がそれぞれ言い渡され、右各判決はいずれも確定した。
10 原告は、原告国務省監察長官付特別調査検討班作成の「在日アメリカ大使館における燃料用オイル窃取に起因する損害の概要」(甲第七号証)において、甲野らの本件犯行による損害について、米国における会計年度(一〇月一日から翌年九月三〇日)ごとの窃取量を推定し、この推定窃取量に日本市場におけるオイル価額を乗じ、これに過剰購入によって生じた輸送及び管理費用を加算して、本件犯行による昭和五二年一〇月一日以降の損害を算定した。右の「損害の概要」では、本件犯行による損害のうち、被告が前記業務の委託を受けていた昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間の損害について、別表1のとおり、合計四億九一二八万二四〇八円と算定されている(ただし、過剰購入によって生じた輸送及び管理費用を含まない損害額である。)。
11 原告は、本件犯行によって被った損害の補填として、NBSから米ドルで二〇〇万ドル、丁沢から五〇〇〇万円、乙山から五〇〇万円、松原四郎から一〇〇万円、竹野五郎から一〇〇万円の支払を受けた。
二 当事者の主張
1 被告の責任について
(一) 被告の主張
(1) 被告には、被用者の選任及び事業の監督につき非常に限定された権限と責任しかなく、被告は、その限定された範囲での責任を尽くした。
原告大使館に勤務する被用者の選任については、被告が採用時に履歴審査を行うが、その一方で、原告大使館は、入館証交付のため、独自の経歴調査を実施し、原告政府の権限で日本人従業員の前科、前歴まで調査を行うことができた。甲野は、被告が施設管理業務の委託を受ける以前の昭和四四年に入館証の発行を受け、その後、原告大使館職員に採用された。乙山は、昭和四六年被告に採用され、原告大使館の身元調査を経て入館証の発行を受け、その後、NBSを経て被告の派遣従業員となったものであるが、昭和六一年のNBSから被告への契約者の変更に伴う派遣従業員の引継ぎに際し、原告大使館から更なる履歴審査の要請はなかった。したがって、被告は、甲野及び乙山に対する選任上の責任を果たした。
被告は、監督者として原告大使館と派遣従業員との連絡の任にあたる英語の話せる人物一名を原告大使館に派遣し、派遣従業員の監督にあたらせていた。しかし、派遣従業員に対する指揮命令権は、被告よりも原告大使館が有していたため、派遣従業員に対する実際の仕事の割当は、原告大使館のビルディング・マネジメント・オフィスに所属する原告大使館職員が行い、被告の従業員が仕事を完了したかどうかの検査も原告大使館職員が行った。原告大使館職員が直接派遣従業員に対し指揮命令を行う限り、被告の監督者が派遣従業員を適切に監督し得なくなるのは明らかである。したがって、被告の派遣従業員に対する監督上の責任は限定され、被告は、その限定された範囲での責任を果たした。
(2) 本件犯行は、被告の業務の執行につき行われたものではない。
オイルの注文、輸送等は被告の業務ではない。オイルの必要量の見積は、前年度のオイル消費量を参考にして被告の派遣従業員が行うが、オイルの注文そのものは、原告大使館が行い、被告が行うわけではない。
(二) 原告の主張
(1) 被告には派遣従業員に対する選任監督上の責任がある。
被告は、オイルを取り扱う現場を現場の派遣従業員に任せきりにしていた。昭和六一年ころには、NBSの派遣従業員の間に、原告大使館本館の貯蔵タンクからオイルが抜き取られているとの噂があり、被告が本件業務を担当するようになってからも、早朝にタンクロリーが来て右タンクから燃料を抜き取っているとの噂が絶えなかった。被告は、長期間にわたって右のようなオイル抜取りの噂がありながら、何らの措置もとらなかった。
(2) 本件犯行は、被告の業務の執行につき行われたものである。
オイルの窃取行為が、外形上被告の業務の執行につき行われたものであれば、被告は使用者責任を負うべきであり、原告と被告との間の契約上、被告が行うべき業務がどのようなものであったかは、さしたる重要性を持たない。
2 原告が被った損害額
(一) 原告の主張
(1) 刑事事件では、原告大使館の車両出入管理表、松原商事等から押収した会計帳簿類等のいずれによっても確実に裏付けられている五一件の犯行のみが起訴されたにすぎない。甲野らによるオイル窃取の実行行為の回数は、昭和四九年から平成二年までの間に一〇〇〇回以上に上り、個々の窃取行為による窃取量、損害額を立証することは実際上不可能である。
(2) そこで、以下の推計方法により本件犯行による窃取量を推定した。
まず、平成二年四月から平成三年三月までの一年間について原告大使館において実際に消費したオイル量を厳密に測定した。次に、その量に基づき、冬季の気温変動(暖房度日数による調整)や大使館施設の変動(大使公邸に二四時間暖房を導入したことなど)を加味して、過去の各年度のオイル必要量を推定した。そして、本件犯行期間中の各年度におけるオイルの実際の供給量から推定必要量を差し引くことにより年間の推定窃取量を算定した。
原告の採用した右の推計方法は、特定の施設について使用するエネルギーの量を見積もるのに最良の方法であり、窃取量の立証としては十分なものである。
(3) そして、右推定窃取量を当時の日本市場におけるオイル価額で換算した額が原告の被った損害額である。原告大使館は、原告海軍から国防総省で決められた基準価額でオイルを調達し、日本国内でオイルを購入したわけではないが、損害の算定においては、原告が合衆国政府であるというような個別の事情を捨象して、日本国内で一般人が損害を回復するのに必要とする額すなわち日本国内の市場価額を基準として算定すべきである。
(4) 以上によれば、被告の派遣従業員である乙山及び丙川が甲野らと共謀の上、本件犯行を行ったことにより、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間に原告が被った損害は、別表1のとおり、合計四億九一二八万二四〇八円となる。
(二) 被告の主張
(1) 刑事事件で甲野らの犯行として認定されているのは、五〇数回にすぎないのであり、その他の犯行についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告によるオイル窃取量の推計方法は不合理である。
原告の主張する推定窃取量の資料となっている甲第七号証は、中立的な第三者が作成した鑑定書ではなく、原告の公務員が作成した報告書にすぎない上、窃取量を推計するにあたって使用したすべての原資料が提出されていないため、その裏付けに欠けている。
原告は、暖房用オイルの消費量が気候の寒暖によって影響を受けるとして、それを調整するために暖房度日により調整を行ったというが、暖房日なる概念が一般的に妥当とされている方法であるか、また基準となる温度を華氏六五度とすることが妥当であるかについての立証はされておらず、推定必要量の計算過程も不明である。
また、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの期間について、原告主張の推定窃取量及びこれから推定されるオイル窃取の実行回数が丁沢の司法警察員に対する供述調書(甲第二〇号証)(平成元年七月二四日まで)、及び司法警察員作成の捜査報告書(戊第二七号証)(平成二年七月二四日以降)における窃取回数及び窃取量と大幅に異なり、このことは、原告主張のオイル窃取量推定方法の不合理性を裏付けるものである。
(3) 原告大使館のオイルの購入方法は、国防総省が定めた基準価額に基づき原告海軍から納入するという方法に限定され、過去にこれ以外の方法で購入された例もない。原告は、オイル購入に際し、日本の市場価格に含まれる軽油取引税等日本の税金を支払う義務もない。したがって、日本の市場価額を基準として原告の損害額を算定することは明らかに不当である。
3 過失の相殺
(一) 被告の主張
当事者間における損害の公平な分配を図ることが過失相殺の趣旨であることに鑑みれば、故意の不法行為であるという点は過失相殺の割合に反映されれば足り、加害者の主観的責任原因が故意であるか、過失であるかにかかわりなく、被害者側の過失を損害額の算定に斟酌することが制度趣旨に適うというべきである。特に使用者責任の場合には、加害者以外の者が加害者の不法行為の責任を負うものであるから、損害賠償額算定にあたり被害者側の過失を斟酌することは公平上不可欠である。
被告が使用者責任を免れないとしても、原告側にも以下に述べるような過失があり、過失相殺をすべきである。
(1) 甲野は、昭和五七年から原告大使館職員として被告の契約従業員を指揮、監督すべき地位にあったにもかかわらず、主犯としてオイルを盗み続けていた。また、原告大使館職員の中には、甲野以外にもオイル窃取に関与していた者がいた。
これに対し、被告の派遣従業員である乙山は、甲野から本件犯行に誘われて、見張りを担当した従犯にすぎない。
(2) 原告大使館と被告との契約期間中、甲野を含む原告大使館職員は、派遣従業員に対して直接指揮命令を行っていた。被告が派遣した監督者は、甲野の上司である原告大使館職員に対し、被告事務所(原告大使館内に設けられた被告の派遣した監督者が常駐する事務所)の頭越しに被告の派遣従業員に指揮命令を行わないよう抗議したが、改められなかった。
(3) 被告は、昭和六三年一一月ころ、丙川からオイルが抜き取られているとの報告を受けて、原告大使館の保安担当であるA(以下「A」という。)に通報した。それにもかかわらず、原告大使館がしかるべき調査をしなかったため、その後一八ヶ月間もオイル窃取が継続する結果となった。
(4) 原告は、NBSの派遣従業員であった甲野を、原告大使館職員に採用後、派遣従業員を監督すべき職に任命したため、原告大使館職員による派遣従業員の監督という制度の実効性は失われていた。昭和六三年一月に、原告大使館において内部監査が行われたが、本件犯行の主犯である甲野に内部監査を担当させたため、消費量と供給量に何の問題もないという報告が出され、その後の調査も行われなかった。原告大使館が適切な監査を行っていれば、本件犯行は、より早い段階で発見されていた。
(5) 原告大使館に出入りする納入業者の車は原告大使館入口で警備員による検査が厳しく行われることになっていたが、これが規定どおりに行われていなかったため、窃盗犯のトラックが自由に出入りできた。
(6) 原告大使館のオイルの管理は極めてずさんであった。
(7) 甲野は、原告大使館別館のボイラーが新型のものに取り替えられたことによりオイル消費量が半減したため、原告大使館職員からオイルの処分を命じられて、丁沢に処分を依頼し、丁沢からその謝礼をもらったことから、本件犯行を思いついた。被告には、契約上、余剰オイルを処分する義務はないから、右のきっかけで甲野がオイルの窃取を思いついたのであれば、これは原告側の過失というべきである。
(二) 原告の主張
本件犯行は、窃盗という故意による不法行為であるが、故意の不法行為について過失相殺を認めるならば、加害者の保護に偏し、また、犯罪を助長することにもなる。
そして、民法七一五条による使用者責任は一種の代位責任であり、使用者は被用者が負う損害賠償責任を被用者に代わって負うものであるから、被用者の責任につき、それが被用者の故意による不法行為であるために過失相殺の適用がない以上、使用者責任についても過失相殺の適用はあり得ない。
仮に、故意による不法行為について過失相殺の適用があるとしても、被告には、以下のとおり、過失相殺されるような事情はない。
(1) 原告大使館職員であった甲野が主犯であるとの点について
昭和六二年以降、被告の派遣従業員である乙山は、丁沢と直接連絡をとって、甲野に無断でオイルの抜取り計画を立てオイル窃取を実行するようになり、本件犯行の主犯は甲野から乙山に代わっていた。
(2) 被告から大使館職員Aへの通報について
被告主張のような通報はなかった。仮にあったとしても、通報以外に何らの措置もとらなかった被告の責任が軽減されるものではない。
(3) 契約会社の元従業員を大使館職員に任命したことについて
契約会社の従業員を監視するためには契約会社から独立している者である必要があるが、その一方で、業務内容に精通している者である必要があるから、契約会社の元従業員を大使館職員に登用するのは適切な方法である。
(4) 原告大使館への出入について
原告大使館入口において、原告が委託した警備会社が警備に当たっていたが、丁沢運転のタンクローリーについてはボイラー室に確認した上で入構を許可していた。丁沢は、原告大使館の仕事を受注していた者であったため一見して不審車両とは判断できず、また、ボイラー室には甲野及び乙山がいて、タンクローリーの入構を許可するよう指示していたため、警備員は不審を抱くことができなかった。
第三 当裁判所の判断
一 被告の責任について
1 前提事実及び証拠(甲第一ないし第六号証、第一二号証、第一六ないし第二三号証、第三四ないし第三六号証、戊第一六、第一七、第二一、第二二号証)を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和四四年七月ころから昭和五〇年九月三〇日まで及び昭和六〇年一〇月一日から平成二年四月ころまで、原告大使館から大使館内の建物の施設管理業務を委託されていたが、右業務内容には本件業務が含まれていた。
(二) 甲野は、昭和三五年ころにNBSに入社し、以後、NBSあるいは被告の派遣従業員として原告大使館の施設管理業務に従事し、本件業務を担当していたが、昭和五八年五月ころに原告大使館の現地採用職員として採用され、総務担当職員として施設管理及びNBSあるいは被告の派遣従業員の指揮、監督等の業務に従事するようになった。
乙山は、昭和四六年一月ころに被告に入社し、以後、被告あるいはNBSの派遣従業員として、原告大使館の冷暖房設備の管理等の施設管理業務に従事し、本件業務を担当していた。なお、昭和六〇年一〇月一日から平成二年四月ころまでは被告の従業員であた。
丙川は、昭和六一年一〇月に被告に入社し、被告の派遣従業員として原告大使館で施設管理業務に従事していた。
(三) 派遣従業員は、原告大使館の施設管理業務の委託を受ける業者が変更されても、旧業者との雇用関係は新業者に引き継がれて、原告大使館に勤務し続けていた。被告は、現場での監督者一名を選任して、派遣従業員の監督にあたらせたが、その一方で、原告大使館は、業務委託契約上、被告の派遣従業員を直接指揮、監督する権限を有し、被告の派遣従業員は、現場では原告大使館職員の指示のもとで業務を遂行していた。そのため、派遣従業員らは、現場では業者の従業員であることを意識することがほとんどなかった。
(四) 甲野は、被告の派遣従業員として原告大使館別館に勤務していた昭和四九年秋ころ、原告大使館別館に設置されていたボイラーが新しく取り替えられ、余ったオイルを処分する必要が生じたことをきっかけとして、石油の卸売業者である丁沢と共謀の上、甲野がオイルの納入時期、貯蔵量を勘案して、一か月単位でオイル抜取りの実行回数、具体的実行日の実行計画を立て、それを丁沢に連絡し、丁沢がオイル運搬用のタンクローリーを使って大使館別館の燃料タンクからオイルを抜き取り、これを売却するという方法で利益を得るようになった。
右窃取行為は、昭和四九年八月ころから昭和五一年九月ころまでは原告大使館別館で、昭和五一年九月ころからは原告大使館本館で継続して敢行され、また、昭和五二年九月ころからは、NBS従業員であった乙山が当時の上司である甲野に誘われてオイル窃取の立会として本件犯行に加わるようになった。
(五) 甲野及び乙山は、本件犯行にあたって、次のような工作をしていた。
(1) 甲野は、当時、派遣従業員の技術関係の統括責任者の立場にあり、オイル等の消費に関する年間見積を立てる仕事を担当していたが、あらかじめ過大な見積を立てることにより、オイル窃取の実行継続を可能にし、かつ原告大使館に本件犯行が発覚することのないようにしていた。また、乙山は、甲野の指示を受けて、二ヶ月先の月間オイル必要量を過大に見積った報告書を作成し、右報告書は被告監督者の審査を経て、原告大使館に提出され、原告大使館は、右報告書に記載された必要量を参考にしてオイルを発注していた。
(2) オイル窃取の際には派遣従業員である甲野らが立ち会うことによって、あたかもオイル業者である丁沢が大使館にオイルを納入しているかのように見せかけ、丁沢が運転するタンクローリーが原告大使館に入構する際にも、原告大使館警備員から連絡を受けた甲野または乙山が入構させるように指示していた。
(3) 甲野は、タンクの点検口からオイルを抜き取り易くするためにマンホールの点検口の中蓋に細工を施し、また、オイルの残量を測定するための機械を壊したり、オイルの残量測定用ゲージを隠匿したり、派遣従業員に命じてオイルの残量を記録させないようにしたりして、本件犯行の発覚を防ぐようにしていた。
(4) 甲野は、乙山を介して、本件犯行当初にオイル窃取の際の立会を何度かさせた竹野に対し、立会をしなくなってからも、本件犯行が発覚するまで、口止め料の趣旨で、一回につき一万円程度を渡していた。
(六) 乙山は、本件犯行に加わった当初は、甲野がオイルを窃取していることを明確に意識せずに甲野から依頼されるままに立会いに応じ、一回当たり一万円程度の立会いの報酬を受け取っていただけであったが、ほどなくして本件犯行の全容を理解するようになり、積極的に本件犯行に関与し、甲野が原告大使館の職員として採用された後の昭和五九年以降は、甲野の指示のもとで、オイルの見積を立ててオイルの納入量を調整してオイル窃取の実行計画を立て、甲野から一回あたり二、三万円程度の報酬を受け取っていた。
乙山は、昭和六二年ころから、丁沢と直接意を通じて、甲野に無断でオイル窃取の計画を立ててこれを実行し、丁沢から直接に売却利益を受領し、甲野には利益を渡さないことも多くなった。これに対し、甲野は、オイル窃取の実行日、実行回数などについては、乙山に全面的に任せ、自己の分け前を確保していたが、丁沢からの入金が以前の三分の一くらいに減少したことから、乙山が無断で丁沢と意を通じてオイル抜取りを実行して利益を得ていることに気づいたものの、乙山と不仲になると本件犯行が発覚しやすくなると考え、これを黙認していた。
(七) 甲野らが右のように本件犯行を重ねる一方で、昭和六一年ころ、派遣従業員の間で、貯蔵タンクからオイルが抜き取られているとの噂があり、被告が本件業務を行うようになってから後も、早朝にタンクロリーが来て原告大使館本館の貯蔵タンクから燃料を抜き取り、運び出しているとの噂があった。また、昭和六一年一月には、原告大使館において、オイル購入量の増加が問題とされ、増加原因の内部調査が行われたが、本件犯行は発覚しなかった。
被告の派遣従業員であった丙川は、昭和六三年秋ころ、上司のB(以下「B」という。)に対し、甲野及び乙山によってオイルが抜き取られているとの内部告発をし、Bは、オイル盗難の疑いがあることを原告大使館保安担当であるAに報告した。原告大使館では、オイルの使用量、不審なタンクロリーの出入りがないかについての調査を行い、不自然な時間帯に納入業者の車が出入りしていることをつかんだものの、それ以上の調査を行わず、結局、本件犯行を突き止めることができなかった。一方、被告は、原告大使館の調査の妨害とならないようにとの配慮に基づき、使用者としての立場からの調査を差し控えたが、その後、原告大使館に対し、調査の進捗状況や結果について確認するようなことはしなかった。
その後、甲野は、オイル窃取に気づいた丙川を本件犯行に誘い、丙川は、平成二年一月二五日から、オイル窃取の立会いとして一〇数回オイル窃取に加担した。
(八) 甲野、乙山、丁沢は、被告が原告大使館の管理業務の委託を受けた昭和六二年度以降、年間一〇〇回以上にわたってオイル抜取りを実行してきたが、本件犯行が発覚したことにより、平成七年七月二七日から平成二年四月一二日までの合計五一回の窃取行為について起訴されて、実刑判決を受けた。右の五一件の犯行は、原告大使館の車両出入管理表・丁沢の経営する株式会社○○商事あるいは松原商事有限会社から押収した会計帳簿類によって確実に犯行が裏付けられた犯行であり、右犯行によって利得した額は、甲野が五〇〇万円以上、乙山が約四〇〇万円、丁沢が二〇〇〇万円近くに上る。
右(七)の認定事実に対し、原告は、原告大使館保安担当のAはBからオイル盗難の疑いについて報告を受けていないと主張し、Aの特別捜査官に対する事情聴取記録及び軍事委員会における供述録取書(甲第三四号証、戊第一九号証)には、原告大使館のジェネラル・サービシズ・オフィサーのCからガソリン不足に関する話を聞かされたけれども、Bから右報告があったことは記憶にないとの記載部分があるが、Aの述べるところは、ガソリンかオイルであるかについても曖昧であって、記憶が必ずしも鮮明でないことが窺われるうえ、Cの特別捜査官に対する事情聴取記録、軍事委員会における供述録取書(戊第一七号証)中の、Aから電話を受けて、オイル盗難の疑いについての報告を受けた旨の記載部分とも矛盾し、にわかに信用することができない。これに対し、Aにオイル盗難の疑いについて報告した旨のBの軍事委員会における供述録取書、特別捜査官に対する事情聴取記録、被告に対する報告書(甲第三六号証、戊第二一、第二二号証)の各記載は、丙川の司法警察員に対する供述調書(甲第三五号証)、被告従業員ガンの軍事委員会における供述録取書(戊第二〇号証)、Cの特別捜査官に対する事情聴取記録、軍事委員会における供述録取書によって裏付けられているということができ、BがAにオイル盗難の疑いについて報告したことは十分に認められる。したがって、原告の右主張は採用できない。
2 以上のとおり、本件犯行は甲野、丁沢、乙山、丙川、竹野によって行われたものであり、右五名は共同不法行為者として原告に対し連帯して民法七一九条に基づく損害賠償責任を負う。
そして、原告が損害賠償を請求している昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間、乙山及び丙川は被告に雇用されていた従業員であり、右両名が本件犯行に関与していたこと、(丙川については平成二年一月二五日から)は、右認定したとおりであり、かつ、本件犯行は、被告従業員の業務内容であるオイルの見積、納入トラック入構の許可、納入の立会等を利用して敢行されたものであり、被告の従業員である乙山及び丙川の職務と密接な関連を有し、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内に属するものと認められるから、被告の事業の執行についてなされたものと解するのが相当である。
したがって、被告は、乙山及び丙川の使用者として民法七一五条の使用者責任を負う。
3 被告は、原告大使館内においては原告が被告従業員を直接に指揮、監督していたから、被告の派遣従業員に対する選任及び監督の責任は限定され、被告はその責任を尽くしていたと主張し、原告大使館は、業務委託契約上、被告の派遣従業員を直接に指揮、監督する権限を有し、被告の派遣従業員は、原告大使館職員の指示のもとで業務を遂行し、被告の従業員であることを意識することがほとんどなかったことは、前記認定したとおりである。しかし、業務委託契約上、被告の派遣職員の指揮監督権限が排除されていたわけではなく、上司や現場に派遣した監督者により被告の派遣従業員に対する指揮監督が及んでいたのであるから、原告大使館が現場で派遣従業員に対して直接指示を与えていたことは、後記のとおり、過失相殺において原告側の過失として斟酌すべき事由になり得るとしても、このことから直ちに、被告が派遣従業員についての一切の選任監督上の責任を免れるということはできず、従業員を派遣する際に原告が監督責任を負わない旨の合意をするなどの特段の事情がない限り、原告大使館の監督状況いかんを問わず、自らの選任監督上の無過失を立証しない限り、使用者としての責任を免れないものというべきである。
そして、右特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、かつ、被告が監督者を選任して現場に派遣したことや派遣従業員の履歴審査をして採用したというような被告主張の事情だけでは、被告が乙山及び丙川に対する選任及び監督上の責任を尽くしたということもできない。また、被告のBが、被告従業員である丙川の内部告発を受けて、原告大使館の保安担当職員であるAにオイル盗難の疑いについて報告したこと、被告が原告大使館側の調査の妨害とならないように配慮して、使用者としての立場からの調査を差し控えたことは、前記認定のとおりであるが、丙川の内部告発を受けての被告の右のような対応は、その時点ではやむを得ないものであったといえるとしても、その後、被告は、右調査の進捗状況及び結果等について原告大使館に確認することも、自ら派遣従業員から事情聴取するなどの内部調査を行うこともせず、結局のところ、右内部告発はそのまま放置されるに至ったというよりほかないから、被告のBがAに対してオイル盗難の疑いについて報告したというだけでは、使用者として選任監督上の責任を尽くしたということはできない。したがって、原告の前記主張は採用することができない。
二 原告の損害額について
1 原告は、実際のオイル供給量から原告大使館が消費したであろうオイル推定必要量を差し引くことによりオイル窃取量を推定し、この推定窃取量に日本市場におけるオイル価額を乗じた額を損害として主張するのに対し、被告は、右算定方法を争うので、以下において判断する。
2 証拠(甲第七、第八、第一三の一及び二、第一四、第二四号証、第二五号証の一ないし四〇、第二六号証の一ないし二九、第二七号証の一ないし四四、第三一、第三三号証)によれば、オイル窃取量の具体的な推計方法は、次のとおりであることが認められる。
(1) 原告は、原告海軍からの実際のオイル供給量から原告大使館が消費したと推定される必要量を差し引くことにより本件犯行による推定窃取量を求めた。
(2) 原告海軍からのオイル供給量については、被告作成の供給量に関する報告書、原告大使館作成の発注書等の資料に基づき、右オイル供給量を確定した。
昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までのオイル供給量は、一九八七年度(米国の会計年度により一九八六年一〇月一日から一九八七年三月三一日まで。以下、米国の会計年度は西暦で表示する。)が七三万〇六七八ガロン、一九八八年度が六五万五九八二ガロン、一九八九年度が六五万〇九三七ガロン、一九九〇年度(ただし、一九九〇年三月三一日まで。以下同じ。)が四二万〇八二二ガロンであった。
(3) オイルの推定必要量については、本件犯行後の平成二年四月から平成三年三月までの一年間(以下「統制期間」という。)を基準に、気象条件の変化によるオイル消費量の増減を考慮に入れて「暖房度日」(暖房期間・毎日の室平均気温と日平均外気温の差を累積した値。その地域の寒さや暖房に要するエネルギー量などの指標として用いられ、一般に暖房開始時、終了時の外気温を摂氏一八度に求めることが多い。)による推計を行った(なお、統制期間と右期間との間で、原告大使館施設、暖房器具設備にオイル消費量に影響を及ぼすような変更があったことを認めるに足りる証拠はない。)。
各年度の東京の暖房度日についての資料は原告海軍等から入手した。右資料は、一日の平均気温が華氏六五度(摂氏約18.3度)を下回った日について、その日の平均気温と華氏六五度との差を合計し、その年度の暖房度日数を算出したものである。
統制期間について、気候の寒暖にそれほど影響を受けない給湯用オイルと気候の寒暖によって増減する暖房用オイルとに分けて、原告大使館におけるオイル消費量を実際に測定した。その結果、統制期間中のオイル消費量は一七万七八一九ガロン、そのうち暖房用オイルの消費量は一二万〇〇一一ガロンと測定された。
暖房用オイルの消費量を統制期間中の暖房度日数二六七八で除することにより一暖房度日当たりの暖房用のオイル消費量を求めると、44.6636ガロンとなる。
統制期間と各年度との暖房度日数の差に一暖房日当たりの暖房用のオイル消費量44.6636ガロンを乗じて、統制期間中の実際のオイル必要量との間の気候調整分を求め、これに統制期間中のオイル消費量一七万七八一九ガロンを加算して、昭和六一年一〇月から平成二年三月までの各年度ごとの推定必要量を算定すると、一九八七年度については二〇万九三〇九ガロン、一九八八年度については一八万九五二一ガロン、一九八九年度については一八万六三五〇ガロン、一九九〇年度については一一万七九六五ガロンとなる。
(4) そこで、オイル供給量から推定必要量を差し引いてオイルの推定窃取量を算定すると、一九八七年度五四万一一五七ガロン、一九八八年度四九万九九八五ガロン、一九八九年度四六万四五八七ガロン、一九九〇年度三〇万二九一七ガロンとなる。
3 右のとおり、原告主張の推定窃取量は、犯行に関与した人物の供述や窃取回数から算出されたものではなく、オイルの供給量から原告大使館が消費したであろうオイルの量を差し引いた残量を推定窃取量としたものであり、窃取量の直接的な立証資料に基づくものではない。しかし、本件犯行が長期間にわたり、窃盗回数も膨大になるために、原告が個々の窃取行為を特定して、そのオイル窃取量及び損害額を直接立証することが著しく困難であることを考えると、統制期間中の実際のオイル消費量を基準として、各年の気温の変化によるオイル消費量の増減を考慮して、その地域の寒さや暖房に要するエネルギー量などの指標として用いられる暖房度日数により各年度のオイルの推定必要量を推計し、オイル供給量からの右の推定必要量を差し引いて推定窃取量を求める方法は、合理性を有するものと認められる。
被告は、原告主張の推定窃取量及びこれから推定されるオイル窃取回数は、丁沢の司法警察員に対する平成二年七月一二日付供述調書において、被告が供述する窃取回数、平成二年七月一九日付け捜査報告書(戊第二七号証)において、捜査機関が認定した窃取量及び窃取回数と大幅に異なると主張する。しかし、右供述調書の内容は、丁沢が松原商事に売却した裏付けとなる売掛帳簿、伝票類、甲野への送金記録等に基づいて、昭和六一年一〇月一日から平成元年七月二四日までの間の窃取行為を供述したものであり、また、右捜査報告書は、平成元年七月二七日から平成二年四月一二日までの間の犯行について、捜査機関が売掛帳簿、伝票類、丁沢及び松原の各供述、車両出入管理票等に基づいて認定した窃取行為の回数及び窃取量を裏付け資料とともに犯行一覧表に表記したものであるが、捜査機関によって認定された窃取回数及び窃取量は確実なものであるといえるとしても、本件犯行のすべてであると断定することまではできないし、被告は、右のように主張する一方で捜査機関によって認定された窃取回数及び窃取量を徹底して争っているのであるから、右の事情は、前記の推計方法を不合理ならしめるものとまではいえない。
したがって、原告が主張する推定窃取量をもって、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日の間の本件犯行による窃取量と認めるのが相当である。
4 原告は、損害を算定するにあたり、国防総省の定めた基準価額ではなく、日本のオイル市場価額を基準にすべきであると主張するのが、そもそも窃取による物の喪失という損害の算定にあたっては、被害者が被害品を入手した際の価額が基本となるものというべきであり、また、被害者に再調達の必要がある場合にも当該被害者において通常入手する方法による再調達価額を基準とすべきところ、原告大使館は、本件犯行時はもとより、それ以後も原告海軍から日本の市場価格よりも格段に低廉な単価でオイルを調達していたから、窃取されたオイルを金銭的に評価するにあたっては、国防総省の基準価額を基礎に算定するのが相当である。
また、原告は、合衆国政府という立場は原告特有の事情であり、損害の算定にあたってはかかる事情を考慮せず、一般的な損害額として算出されるべきであると主張する。しかし、不法行為における損害額は、原告が被った損害そのものを金銭に評価して算定すべきものであるから、当該被害者における具体的、個別的事情に基づいて判断しなければならず、一般的な額によるのは、特別の個別事情がない場合に限られるものというべきである。仮に、原告のオイル調達方法が複数あり、窃取されたオイルがそのうちのいずれの方法で購入されたか不明の場合、あるいは、原告に再調達の必要があったが、そのいずれの方法で購入するのか明らかでない等の事情がある場合は、複数の方法のうちもっとも一般的な基準で損害額を算出することも考えられるが、本件では、原告のオイル調達方法は原告海軍からの調達に限定されているから、窃取されたオイルを金銭的に評価するにあたっては、日本におけるオイルの市場価格を基準とすることはできない。
さらに、原告は、分離前相被告である甲野に対して原告主張の損害額を認容した判決が言い渡され、これが確定していることを理由に、証拠共通の原則から、損害の算定について右判決と同様の判断がされるべきであると主張するが、共同訴訟人間における証拠共通の原則とは、共同訴訟人から、又はこれに対して提出された証拠を、他の共同訴訟人に対する関係でも、事実認定の資料とすることができることをいうものであり、共同訴訟関係にあった以上同一の証拠評価をすべきであるとの裁判所に対する拘束力までをも含むものではない。
したがって、日本におけるオイルの市場価格を基準に損害額を算定すべきであるとする原告の主張は理由がなく、証拠(甲第七号証)及び弁論の全趣旨によれば、国防総省の基準価額は、一九八七年度においては一ガロンあたり0.75ドル、一九八八年度及び一九八九年度については一ガロンあたり0.65ドル、一九九〇年度については0.56ドルであると認められ、右各基準価額が損害算定の基準となる。
5 また、証拠(甲第七、第一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、各年度の平均為替相場は、一九八七年度においては一ドル150.81円、一九八八年度においては一ドル130.87円、一九八九年度においては一ドル133.12円、一九九〇年度においては一ドル147.88円であることが認められる。
6 以上に基づいて、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間に原告が本件犯行によって被った損害額を算定すると、別表2のとおり、一億六九〇二万五五七六円となる。
三 過失相殺等について
1 原告大使館職員であった甲野が本件犯行に関与していたことについて、被告は、甲野の使用者として原告にも使用者責任の負担部分があるから、右事由を過失相殺事由として斟酌すべきであると主張しているので、右事由を損害の算定に反映させるべきかについてまず検討する。
原告は、本件犯行の被害者として、乙山及び丙川の使用者であった被告に対し損害賠償請求権を有するが、他方で、共同不法行為者である甲野の使用者でもあり、甲野の使用者として使用者責任を負うべき立場にある。すなわち、共同不法行為の加害者の各使用者が使用者責任を負う場合において、一方の加害者の使用者は、当該加害者の過失割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、他方の加害者の使用者に対し、当該加害者の過失割合に従って定められる負担部分の限度で求償することができる(最判平成三年一〇月二五日・民集四五巻七号一一七三頁)から、被告に対して原告が使用者責任として負担すべき損害についてまで賠償させると、被告は、原告に対し、乙山及び丙川の使用者として被告の負担部分を超える限度で求償権を取得することになり、賠償後の求償の循環が生じることとなる。そこで、損害の算定に当たっては、被害者側の過失を損害の算定に反映させようとする過失相殺そのものとは異なるが、紛争の一回的解決を図り求償の循環を避けるために、原告の使用者としての責任負担部分の割合を過失相殺に準じて考慮し、原告が被告に請求する損害額から原告が使用者として負うべき負担割合に応じた損害額を控除するのが相当である。
2 そこで、原告の使用者としての負担割合について検討すると、本件犯行のうち、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間の犯行は、甲野、丁沢、乙山、丙川の共同不法行為であること、被告の従業員である丙川が関与したのは発覚直前の一〇数回にすぎないこと、甲野は、本件犯行を思いつき、以後も主導的な役割を担ったものであるが、右期間のころには、オイル抜取りの実行日、実行回数などについては、乙山に全面的に任せて、自己の分け前だけを確保していたこと、被告の派遣従業員である乙山は、昭和五二年以降、甲野に誘われて本件犯行に加わり、当初の役割はオイル窃取の際の立会だけであったが、しだいに本件犯行に積極的に関与するようになり、昭和六二年以降になると、丁沢と通じて甲野に無断でオイル抜取り計画を立てて実行し、しばしば甲野を排除して利益を得るようになったこと、甲野は、乙山が無断で丁沢と通じてオイル抜取りを実行して利益を得ていることに気づいていたが、乙山と仲間割れすると本件犯行が発覚しやすくなると考えて、これを黙認していたこと、丁沢は、タンクローリーを運転してオイルを窃取し、売却して利益を得る役割を果たしていたが、甲野のみならず乙山とも通じて本件犯行に一貫してかかわっていたこと、甲野、乙山、丁沢は、平成元年七月二七日から平成二年四月一二日までの間の合計五一件のオイル窃取行為について起訴され、甲野については懲役三年の、乙山については懲役二年の、丁沢については懲役二年四月の各実刑判決を受けているが、右犯行による利得額は、甲野が五〇〇万円以上、乙山が約四〇〇万円、丁沢が二〇〇〇万円近くに上ることは、前記認定のとおりである。
以上の諸事実を総合して判断すると、本訴請求部分(昭和六二年一〇月一日から平成二年三月三一日まで)における甲野の使用者としての原告の負担割合は四割と解するのが相当である。
3 被告は、他にも過失相殺事由があることを主張し、これに対し、原告は、被用者の不法行為が故意による場合には、過失相殺は適用されないと主張するので、まずこの点について検討する。
原告は、本件犯行は窃盗という故意による不法行為であり、故意の不法行為において被害者の過失を斟酌するのは、加害者の保護に偏し犯罪を助長する危険性があると指摘するが、右一般論の当否は措き、本件請求は使用者責任に基づくものであるから、原告の右指摘はあたらない。
また、原告は、使用者責任は一種の代位責任であり、使用者は被用者の損害賠償責任を被用者に代わって負うものであるから、被用者の責任につき、被用者の故意による不法行為であるために過失相殺が適用されない以上、使用者責任についても過失相殺の適用はないと主張するが、使用者責任は代位責任そのものではなく、使用者として被用者に対する選任監督上の責任を怠ったことにより生じる責任であるから、原告の右主張は当を得ない。実質的にみても、使用者責任は外形的に業務執行に該当すれば当然に責任を負わせる無過失責任に近い性質を持つものであるから、右使用者責任が認められて、一方で使用者の選任監督の責任を問い、他方で被害者の損害を回復させて、損害の公平な分担を実現するためには、過失相殺によって被害者の事情と使用者の事情を公平に斟酌するのが相当である。
したがって、被用者の不法行為が故意による場合においても、使用者責任においては、過失相殺が適用されるというべきである。
4 そこで、過失相殺事由が認められるかについて検討する。
(一) 原告大使館員であるビルディング・マネージメント・オフィサーは、契約上、被告の役務の履行状況を審査し、被告の派遣従業員を直接に指揮、監督する権限を有し、被告の派遣従業員は、原告大使館の職員の指揮のもとで本件業務を遂行していたこと、被告の派遣従業員である丙川は、昭和六三年秋ころ、上司のBに対し、甲野及び乙山によって貯蔵タンクからオイルが抜き取られているとの内部告発をし、Bは、オイルが抜き取られている疑いがあることを原告大使館保安担当であるAに報告したが、甲野及び乙山の名前は出さなかったこと、原告大使館では、オイルの使用量、不審なタンクロリーの出入りがないかについて調査を行い、不自然な時間帯に納入業者の車が出入りしていることをつかんだが、それ以上の調査は行われず、本件犯行を突き止められなかったことは、前記認定のとおりである。
右事実に基づいて考えてみると、原告大使館は、業務委託契約の履行状況を審査し、派遣従業員を監督する権限を有し、被告の派遣従業員による業務が適正に行われているかを知り得る立場にいたものであるが、本件犯行は、オイル見積などのオイル管理に関係する業務に関与していた派遣従業員や原告大使館職員による内部的犯行であり、犯人らが前記認定のような犯行隠蔽工作をしていたことから、被告からオイル盗難の疑いがあるとの報告を受けるまでは、原告大使館が本件犯行を突き止めることは必ずしも容易でなかったということができる。しかし、丙川の内部告発の内容は、犯行手段のみならず、犯人の氏名を特定してのものであること、本件犯行自体は、タンクローリーで原告大使館に赴き、貯蔵タンクからオイルを抜き取るという比較的単純な手口によるものであることを考えると、原告大使館が、被告からの報告を受けた時点で徹底した調査を実施すれば、本件犯行は容易に突き止められたということができる。ところが、原告大使館は、オイル使用量、車両の出入りの調査をして、不自然な時間帯に納入業者の車が出入りしていることをつかんだものの、それ以上の調査は実施することなく、結局、オイル盗難の被害にあっているかも知れないとの報告を受けながら、右機会を適切に利用することなく、犯行を漫然と継続させる結果になったというべきである。したがって、被告からの右報告を受けた時点で、原告大使館が十分な調査を行わなかったことは、被告との関係では原告の過失と評価されるべきものである。
(二) しかし、被告主張の他の過失相殺事由は、以下のとおり、いずれも理由がない。
(1) 原告大使館の警備員が丁沢の運転するタンクローリーの入構許可を本件犯行に関与していた甲野あるいは乙山に求めたため、右タンクローリを自由に入構させる結果になったことは、前記認定のとおりであるが、原告大使館が甲野が本件犯行に関与していることを知らなかった以上、右の事実自体はいずれも原告大使館の過失として評価されるべきものではない。また、仮に、被告が主張するように、甲野が原告大使館のオイル消費量増加の原因調査に関係していたとしても、右と同様の理由から、原告大使館の過失とはなり得ない。
(2) 被告は他にも過失相殺事由として、原告大使館の監査制度が不備であったこと、原告大使館のオイル管理がずさんであったことを主張するが、右主張を裏付ける具体的事実の立証はなく、過失相殺事由として認めるに足りない。
(3) さらに、被告は、原告大使館が派遣従業員であった者を原告大使館職員として採用したこと、原告大使館職員がオイルを処分するよう甲野に命じたことが本件犯行のきっかけになったことを過失相殺事由として主張するが、右主張事由はいずれも本件犯行における原告大使館の過失と評価できるものではない。
(4) 甲野以外にも原告大使館職員で本件犯行に関与したものが存在したことの主張については、これを認めるに足りる証拠がない。
(三) 右(一)で認定した事実からすれば、原告の過失割合は二割と解するのが相当である。
四 原告が本訴訟の分離前相被告であったNBS、丁沢、竹野、乙山、松原から、本件犯行の損害賠償金として、日本円で五七〇〇万円及び米ドルで二〇〇万ドルを受領していることは、前記前提事実のとおりであるが、弁済充当の関係では、指定充当あるいは合意充当されたことを認めるに足りる証拠はないから、右損害賠償金は法定充当されたとみることができる。
そうすると、原告が各人から受領した金員は民法四八九条に従い、先に発生した不法行為による損害から順に充当されるべきであるところ、原告が本訴で請求している以前のNBSの担当期間である昭和五〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの間に発生した損害額は合計一八七万八五五〇ドルにも上り(甲七号証)、右損害額に一〇数年に及ぶ遅延損害金を加味して考えると莫大なものとなる一方で、原告が受領した損害賠償金は米ドルで二〇〇万ドルと日本円で五七〇〇万円であるから、右損害賠償金は、昭和六一年九月三〇日までに原告が被った損害にそのすべてが充当され、原告が本訴訟で請求している同年一〇月一日以降の損害には充当されないものと解される。
したがって、原告が本訴訟の分離前相被告から損害賠償金を受領していることは、原告の本訴請求に何ら影響を及ぼすものではない。
五 以上によれば、昭和六一年一〇月一日から平成二年三月三一日までの間に原告が本件犯行により被った損害額は一億六九〇二万五五七六円であり、右損害額から原告が甲野の使用者として負担すべき損害額四割を控除すると一億〇一四一万五三四五円となり、さらに右から原告の過失として斟酌される二割を控除すると、八一一三万二二七六円となる。
よって、原告の本訴請求は八一一三万二二七六円及び不法行為終了の日の後である平成二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官松本光一郎 裁判官坂本宗一 裁判官新谷祐子)
別表<省略>